
- 濡れ衣
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一昨年の暮れに事件が起きた。うちの経理担当N氏からいきなり「すみません、コロナでお金に困って使い込みしていました。」と告白された。そのお金を振り込んだので許してくださいと手紙が事務所に置いてあったのだ。丸一年前の事だった。
N氏がメインの銀行から勝手にお金を引き出したのが10月。私が別件で銀行通帳のチェックをしたいと言ったのが11月である。N氏はそれで12月の末に返金した振り込みの証拠を添えて手紙を書いたようだ。
ともかく話し合うことにした時に「告白するチャンスは4回あったはず」と告げた。まずお金が無いから貸してくれと頼む機会はいくらでもあった。それから実際にお金をおろした時。そして私が通帳のチェックを頼んだ時。そして返すお金を振り込む時である。
「なぜ、言わなかった?」という質問にN氏は「コロナでいろいろ仕事が無くなって、どうしていいかわからなかった」と答えた。結局、その場で解雇し、警察には届けないが口に戸は立てないと告げた。正式に犯罪にはしない代わりに、周りには言うよという意味である。
それが去年の第一の事件だ。N氏が居なくなったが、コロナ禍でほかの人にいきなり経理を任せられず、仕方ないので私が劇団の経理事務を引き受けることになった。
経理事務と言っても、会計士の先生に領収書を送って、説明をするだけなので、そんなに大層なことではない。
いや、なかったのだが… なんと夏過ぎにその会計士から「実は体調が悪くて、病院に行ったら数年後に寝たきりになると言われまして。辞めさせて下さい」とメールが来たのである。これが第二の事件だった。
身体の事でもあり、こちらも気を遣って引継ぎのこととかもなるべく迷惑をかけないように、連絡も最小にしていた。そして新しい会計士に夫の妹の旦那さんKちゃんにお願いすることにしたのだった。
Kちゃんはいわば義理の弟である。親戚でもあるし、彼の細かくて冷静なところもよく知っているので、こちらとしては安心して頼んだのだった。そこで今までの経緯を説明し、前任者に送っている領収書などを試しに見てもらったのだが…
「これなんですか? この領収書」という質問の嵐。「え? 前の先生が全部送ってくれって言うから、送っていたよ」と答えると、まるで子供を見るように「こんな領収書、落ちるわけないでしょ? 猫のちゅーるとか買ったの」と冷たい目で言うではないか。
「いや、私だってそれくらいわかってるよ。でもさぁ」と言い訳すると「一回、領収書全部見直しましょう」と、勉強会の日を設定されてしまった。「ぬ、濡れ衣だ! いくらなんでも会社にも努めていたから経費が何かくらいは分かってるわい!」と、彼に会う前に去年の領収書を全部ひっくり返して、振り分けしたのだが…。
当日、「これも落ちませんよ」と言われた領収書を見ると、美容院のヘアカット代だった。「なんで? 俳優は美容院の領収書、落ちるはずやん」と抵抗すると「うーん… 俳優業がメインじゃないですからねぇ」と難色を示した。「いやいやいや、売れてない俳優だってそこは落としているはず!」「ダメですね。もうちょっと有名になってください」と一刀両断だ。
経理担当に使い込みされ、会計士に去られ、挙句の果てに全部私がやってきたのにポンコツ扱いされ、前途多難な2022年の幕開けである。