
- 宿屋事情
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S君という友達が新潟に住んでいる。実家を継いでスキーのロッジを経営しているのだが、本業は俳優なので二足の草鞋を履いている。最近そういう人が増えているらしい。かなり有名な俳優の中にも普段は東北で農家をやっているとか、漁師になったという話も聞こえて来る。
コロナ禍で、打合せが全てオンライン化し、会食なども減った今、都会に住む価値が下がってしまったようだ。
S君は年に半年芝居をやって、半年はスキー客相手の宿屋の親父というわけだ。繁忙期には料理の出来る友達や雪かき要員が次々と呼ばれてバイトに行く。ほとんどが演劇人なので新潟の美味しい酒と雪山が目当てだ。私も時々呼ばれる。単に料理が好きなだけで、特別修業をしたこともないのに大丈夫か? と最初はドキドキしていた。
しかし、味噌汁や、付け合わせ、サラダにメインディッシュ、刺身の切り分けなんかを作っているうちに、どの鍋にどれくらい作ったら何人分になるか見当がつくようになった。
「今日のお客さんは?」と聞いて「40人くらい」と言われても、ビビらずに「了解」と答えて鍋を選んで作り始める。自分に厨房のおばちゃん能力があったとは驚きだ。
ロッジには様々な人がやって来る。それが人間観察の勉強になるので、脚本を書いている私にはいい勉強にもなる。厄介なのはお酒を持ち込んで宴会を始める学生の集団だ。ワインを飲みすぎてシーツにゲロを吐き、それを隠して清算して帰るという行儀の悪い子達も居る。そういう集団は食事時間になってもなかなか来ない。特に朝は起きてこないので困る。「ここはお前らの家じゃねぇんだぞ! 食事時間書いてあるんだから、とっとと食いに来い!」と心の中では思うが、笑って「まだ起きて来れないかな~?」と聞いてみたりする。
地方の旅館に泊まったことがない若者が、都会のビジネスホテルと同じような感覚でやってくるので、部屋に入ったとたん「寒い~暖房聞いてない。ひどーい」なんて言い出したりする。「当たり前だ。ここは雪国だ! 自分で暖房付けて温かくしろ! 全館暖房なんて普通ないんだよ! お前の家でも廊下は寒いだろうが!」と言ってやりたいが、お客なので我慢するわけである。
それからトイレだ。どうして人はトイレを綺麗に使えないんだろうか? 特に女子トイレは酷い「なんでここに捨てて行く?」という物が散乱していたり、サニタリーボックスの中も呆れるようなものが突っ込んである。ドアも開けっ放しになってる場合が多いし、下駄も揃っていた試しがない。家ではどうしてるんだろう? と不思議で仕方がない。
昨今、S君のロッジにもインバウンドが多くやって来るのだが、彼らの方がよっぽど礼儀正しい。汚したり、文句を言ったり、考えられないようなゴミ(例えばビールの空き缶にラーメンが突っ込んであったりするわけですよ)を残していくのはほぼ日本人のお客である。お金を払って泊まっているのだから、何でもしてもらえるという感覚がそうさせるのだろうか? 人のふり見て我がふり直せ。と昔から言うが、自分は「カッコいい宿泊客」でいたいものだ。