1. ホームへ戻る
  2. 大阪ラプソディー
  3. 雪国

大阪ん♪ラプソディー

雪国
 「国境のトンネルを抜けるとそこは雪国だった。」という川端康成の有名な小説「雪国」の冒頭があるが、そんなロマンチックなものじゃない!という実感を伴いつつ北海道に6週間住んで芝居を作るという仕事中である。
 ここは北海道士別市朝日町という町だ。北海道のど真ん中、旭川空港から車で1時間半ほど北に上がったところである。人口1,250人の小さな町だ。山にスキー場とジャンプ台があり、どこからでも見える。以外には何もない… 見渡す限り雪と、その中にポツンポツンと家があるだけだ。そんな小さな町になぜか「あさひサンライズホール」という劇場があり、毎年、演出家を呼んで芝居を作っている。条件は「1月から3月の間の約2か月間、住み込みで演出してくれる」ことである。で、今年は私が来たわけだ。
こちらの冬の平均気温はマイナス10度台だそうで、最低マイナス23度という朝も体験したが、ほとんど家の中やホールに居るので、10分ほど外を歩くだけで「めちゃくちゃ寒かった!」という実感はまだない。なんせ秋から春までストーブを消さないそうで、室温はどこも20度以上あるからだ。稽古中は半そでの人も多く、冬場に欠かせないのはアイスクリームとか。寒暖差の基準がよくわからない。
 何もないところだが、近くにコープが一軒ある。ここが面白い店で、色々売っているのだが商品がひとつか2つくらいしかないのだ。大根1本、いちご2パック、水菜ひと束という感じでポツン、ポツンと置いてある。この間、領収書が必要だったので買いに行くと一冊だけ置いてあった。「え? これ買ったら、朝日町の人はしばらく領収書買えないのかな」と心配になったくらいだ。いや、反対かな? 私が買わなかったら何年も一冊だけ置いてあるのかもしれない。  住み始めて2週間くらい経ったころに、ここの人たち特有の言葉使いに気が付いた。特に男性が「〇〇するかい?」と聞いてくるのだ。ホールの館長がロマンスグレイのちょい悪親父的な容姿の男性なのだが、稽古に行くと「コーヒー飲むかい?」といつも聞いてくれる。
 この「〇〇かい?」という言葉は文字にしたら、完全に二枚目が女を口説くときに使う言葉だ。
「ワイン飲むかい?」「寒くないかい?」「映画見るかい?」という役割語である。なので最初のうちは館長のことを「二枚目キャラなんやな」と思っていた。
 ところが、よく聞いているとみんな使っている。「明日は稽古に来るかい?」
「こっちで休むかい?」「これでいいかい?」という日常会話のようだ。「なんや、館長がええ格好してるんかと思ってたわ」と言うと「へぇ、そんなこと考えたこともなかった」とみんなが笑っていた。
 「でも、北海道の男性が他県で女の子に「ビール飲むかい?」なんて言って、相手をドキドキされているかもしれないよ」と言うとびっくりしていた。実際に言った経験のある人もいるようだった。
 今回は特に北海道から出て、他県に住んだことがない人が多いチーム。大阪から演出家が来たのも初めてらしいので、いろいろギャップがあり、演劇を通じて彼らとどれくらい近づけるかが楽しみだ。
 大阪に帰ったら「コーヒー飲むかい?」が口癖になってるかもしれない。