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大阪ん♪ラプソディー

失態
去年「日韓演劇交流会2024」という日本と韓国の劇団が集まって、それぞれ40分くらいの作品を上演するという演劇祭に参加した。普段は見られない韓国の劇団が来日してその芝居を観るだけでも刺激を貰ったし、一緒に飲み会に参加して大いに話に花が咲き、演劇という共通の仕事をしていると、こんな楽しいこともあるんだなと思ったものだ。ただ、彼らが帰国して次の日に韓国では例の戒厳令があり、親戚のおばちゃんみたいに心配したが…。
 そんな演劇祭には38歳の若きプロデューサーが存在する。F君という演出家、俳優なのだが、韓国の演劇祭に連れて行ってもらって感激し「よし、日本でもやろう!」と立ち上がったのだ。無謀ともいえる行動力だが、プロデューサーになろうと言う人はこれくらいアホな底力が要るものなんだろうなとも思った。
 なんせF君は演劇祭をやるためにまず会社を起こし、JCに入った。そしてそこで知り合った若い経営者たちと仲良くなり、彼らに一口スポンサーになってもらい軍資金を集めたのだ。その後、大阪市の助成金も下りることになって無事に演劇祭を開催した。もし助成金が下りなかったら? もし資金が集まらなかったら? という事を考えたら誰だってお金が集まってから開催しようと思うものだが、F君はそれを同時に進行させていった。よっぽどやりたかったのだろう。
 参加劇団のひとつに選んでもらって徹底的に協力したのは言うまでもないが、彼はその演劇祭を毎年やろうとしている。実に頭の下がる行動力だ。私も微力ながら知り合いの在日関係者を紹介したりした。
 先日、協力してくれた人たちにお礼の意味も込めて新年会をすることになった。新年会と言うには遅い時期だが、それぞれ忙しいのでスケジュール調整に時間がかかったようだった。参加したのは私とF君。それから在日コリアンで大阪と韓国の演劇界をひとりで繋いできたK君、実は彼がF君を韓国の演劇祭に連れて行ったことが今回の演劇祭につながった立役者だ。そしてF君が若手の演劇人にも今後いろいろ繋がってほしいという願いから呼ばれたSちゃんという女性の演出家。そして私の知り合いの靴の会社の社長O氏である。
 O氏は50歳くらいだろうか、在日コリアンで、実に精力的に会社を経営しているおっちゃんだ。日本で初めて靴作りの学校を立ち上げ経営もしている。靴職人を育てているのである。しかし… 酔うと実に厄介な男だ…
 その日も一軒目は韓国料理屋で楽しく飲んだ。Sちゃんが女性なので精力的なO氏は気に入ったようで「飲める口やねぇ」などと楽しそうだった。18時から始まった食事会なので20時過ぎには終わったと思う。「次行きましょう!」彼はいつもそう言い出す。我々も大人の集まりなので「ああ、行きましょう」と答える。ここまでは普通の新年会の流れである。
 大坂の鶴橋というコリアンタウンに居たので二軒目も韓国居酒屋だった。そこでチャミスルという韓国の甘い焼酎を頼んだ。韓国ドラマの好きな人なら見たらすぐにわかるだろうか500ccくらいの緑色の小瓶の焼酎で、関西ではコンビニでも当たり前に売っている。
 お猪口くらいの小さなガラスのコップで飲むのだが、それこそ韓ドラを見てもらったら分かるがコリアンは絶対に一気飲みするのが礼儀とされている(そうだ)
 大した度数ではないが一気に飲むので酔いが回る。日本人同士でなにも一気飲みする必要もなかったが、O氏が「何をちょびちょび飲んでるん。これは一気にこうやって飲まな」と見本を見せて、これにSちゃんが「韓ドラで見たことあるやつ!」と同調した。
 そこに11時過ぎくらいまで居ただろうか、O氏が「友達がこの辺で飲んでるから合流しましょう!」と言い出した。この時点でチャミスルを飲んだSちゃんは真っ白な顔色になっていた。「ヤバい、この子帰さないと」と思ったが、力の強いO氏がSちゃんをがっちり抱き留めて歩いていた。メンバーの内、K君が奈良なので遠いからと帰って、私とF君はどうやってこの宴会を終わらせるか考えながら三軒目に行くことに。
 酔っていたのは全員だった。O氏だってご機嫌だったのだろう。彼の友達という見知らぬ男性が合流し、О氏から電話がかかってきたという近所に住んでる女優までやってきた。もうどうにもならないぞと思っているとSちゃんが吐いているのが見えた。平均年齢は50歳くらいだったと思うが「ああ、もうっ大学生の飲み会か!」と叫びそうだった。店員さんが「さすがに飲食店なのでねぇ」と出て行ってほしいという顔つきになったので謝りまくって皆表に出た。Sちゃんはその時点でタクシーに乗せて帰し、私もそこで抜けたが、F君がもう一軒付き合わされるために信号を渡っていくのが見えた。
 次の日、申し訳なさと後悔が頭から離れず仕事帰りにその店に謝りに行った。私も酔っていたので店の名前を覚えておらず「すみません、昨日の夜、酔って吐いちゃった女の子が居たんですけど、このお店ですよね?」と聞いたら、店員の男の子が「はい、ここですよー」と笑いながら答えた。ああ、もうすっかり店員たちの共通の話題になってるんだろうなと思いながら謝り倒し、昨日の夜のシフトの方にお渡しくださいとお菓子を置いて帰った。
 その後、Sちゃん本人と、O氏も夜に謝りに行ったそうで「私たちも謝罪に来てます。店員さんが優しい方で「チャミスルでも飲んで行く?」とジョークを言ってくれました」という報告があった。心の広い人で本当に良かった。
 教訓「幾つになっても失態はすぐに謝ること」である。