
- 最強の夫婦
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先日、先輩女優のMさんが芸能生活50周年を迎えられてディナーショーがあった。
私はなんと全体の演出をすることとなった。「Fちゃん、演出やって~」と言われたら断れない。なんせこの業界の先輩なのではなく、高校の先輩なのだ。
M先輩とは2011年に商業演劇の現場で出会った。よく覚えているのは東日本大震災のあった年だからだ。今から14年前である。彼女は出演女優の一人、私は台本を書いて演出していた。立場からいうと演出家は「先生」とか言われて祭り上げられるのだが、2歳年上のM先輩を最初から「M姉さん」と呼んでいた。そして話しているうちに高校の先輩だという事が分かったのだった。学校時代に会ったわけではないが、日本人の良いところというか、すぐに先輩後輩の間柄になった。2人とも50代の前半の頃の話だ。
その当時M先輩は宝塚出身の美貌と、日本舞踊の名取ということで所作にも定評があった。性格は真面目で、少しツッコミタイプ。私と違ってきっちりした人という印象だった。
自分でも「私って、面白みがないのよ。求められるのはキッチリした芝居やし、愛嬌もないし」と言っていたくらいだ。実際、美人タイプなのでそのとおりだった。そして「これからどんどん歳とっていくやん。母娘の二人暮らしやねんけど、このままどうなって行くのか不安でしかないわ。役も減って行くやろうし、私に出来ることって言うたら日本舞踊教えるくらいしかないけど、今どきそんなん習いに来る人も居らんし」と不安だらけの晩年を心配しまくっていた。
そんなある日のことである「聞いて、今度結婚するねん」と言い出したのは。
「え? 結婚って、初婚ですよね… お相手は?」と心配になって聞いてみた。すると相手は会社を経営しているTさんという男性で、なんとお見合いを300回もし、離婚歴2回の猛者だという。「大丈夫ですか?」と心配したが「この歳になって、何の縁か知らんけど相手が見つかってんから、してみるわ」との答え。うーん、心配やな。と思ったものだった。
ところがである、そのお相手のTさんというおっちゃんが、M先輩の影響を受けてシニアの俳優倶楽部にエントリーしたのだ。俳優と言ってもいわゆるドラマなどのエキストラである。時代劇などで事件を見に集まる人々とか、お祭りのシーンで歩いている人など、業界用語で言うと「ガヤ」をやっていた。M先輩も嬉しそうにSNSに「うちの夫が●●というドラマにチラッと映ります」とか投稿したりしてて「良かった、幸せそうやん」と喜んでいた。
が、事はそれでは済まなかった。Tさんの出演願望はそこから増幅して行って、なんと歌まで歌いだしたのだ。浪曲を習っていて自信があったらしい。石原裕次郎など、昭和演歌を歌わせたら割と上手いとM先輩からも聞いていた。しかし、コロナ禍に入り世の中の動きがパタリと止まってしまった。
運命とは恐ろしいものである。そのコロナ禍で暇を持て余した2人はなんとTさんの歌番組を作ってしまったのだ。そしてM先輩がその上に合わせて踊るという夫婦共演の番組だ。財力のある人は何を仕出かすことやら…しかもその番組はレギュラー化していった。時には艶やかな芸者姿、時にはどじょうすくいの禿げ頭の親父の扮装で踊りまくっているM先輩はすでに60代も半ばになっていたが、もうキラキラと、生き生きとしていた。ちなみに番組は今でも続いている。
コロナが明けると、Tさんの欲望はさらに大きくなり、ついには「松平健特別公演」の出演者に連なるようになった。私も演出させてもらった公演に堂々と俳優として出演していたが、なんとその時にM先輩は付き人をやっていた。プロデューサーは「一緒に出たらええのに」と勧めていたが「いいえ、夫が心配すぎて無理です」と彼のサポートに徹していたのだった。
そして今年ご自分の芸能生活50周年のディナーショーをするに至ったのだが、実はTさんの「芸能生活たった5周年記念」もオマケについてくるというショーだった。そしてなんとTさんは新曲のCDを披露した。タイトルは「ほんまは今もすきやねん」ご自分の作詞だそうだ。もう一曲はM先輩とのデュエット曲で、なんとタイトルは「夜に堕ちて」。ショーの当日にお客様の前で「本気で紅白目指します」と言い放っていた。
「うううっ、もう最強やなこの夫婦」としか言いようがない。将来に不安を抱えていた50代のM先輩が今では70歳に手が届くというのに未来しか見ていない。なんという幸福のモデルケースだろう。ショーの当日の2人のトークショーの台本を書き、当日の小道具を作り、演出という名の便利屋で進行係をして走り回った私は「人を巻き込む天才やな」と思っているが、幸せそうなので許します!
いつまでも弾けて下さい!