
- 有名人の素顔
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東京にある明治座という劇場で「京の蛍火」という芝居の脚本と演出をしていた。主演は黒木 瞳。相手役に筧利夫という異色コンビだった。
幕末の京都が舞台。寺田屋という旅籠の女将、お登勢の半生を描いた物語だ。嫁に来てから、姑に虐められ、しかし立派な女将になっていくという話だが、そこに幕末の京都という背景が加わって、否応なしに劇的になる。時代劇というものは本当にどこを切りとるかで劇的度合いが全然違うから面白い。
そんな手前味噌な満足ばかりしてたのだが友達に聞かれるのはたいてい「黒木 瞳ってどんな人?」という質問ばかりだった。
黒木 瞳。元宝塚の娘役トップ。その後テレビや映画でも活躍し、脱ぐわ、すっぴんになるわ、娘が暴行事件起こすわのお騒がせな一面を持つ女優さん。というのが世間の見解である。もちろん、私もそうだった。
その黒木さんに最初にあったのは春くらいだった。明治座の会議室でミニスカートを履いて、ソファに座ると目のやり場に困るような感じで、電子タバコをスパスパ吸っていた。
「黒木 瞳やん」と内心思ったが、手ごわそうなイメージは倍増するばかり。「私も主演するからには意見をちゃんと言える立場でありたいんです」と言い切って、脚本にも演出にも文句言いますよという態勢であった。明治座は彼女に「クリエイティブアドバイザー」という訳の分からない立場をすぐに約束した。
「やばいなぁ… うるさそう」と覚悟したものだが、いざ脚本を書きだすと黒木さんから来る連絡は本を良くするための意見ばかりで、いわゆる女優のワガママというものは一切なかった。
「あれ? この人芝居好きなだけちゃう」と思い始めたのは何度か書き直した後のことだったが、それまでは主演女優様なので、周りも腫れ物に触るようにしているから全然正体が分からなかったのである。
しかも稽古が始めると誰よりも多い台詞をキチンと覚えて来て、誰よりも上手く、誰よりも体力があった。「なんやこの人、ほんまに芝居好きなだけやん」と思ってからは、こっちも遠慮しなくなったが、人の被せたイメージとは怖いものだなとつくづく思った。
ちなみに私が「若い役者は、ごはんが食べられないから夜中はバイトに行ってるだよ」と言うと「ええっ、ご飯が食べられないの?」と驚き、次の日に炊飯器とお米を買って来るようなハンサムガールである。
ごはん=お金という想像はつかず、本当に毎日お米を炊いて振る舞ってる姿がちょっとズレてて可愛い人だった。