
- ケチの極意
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関西人はケチだとよく言われる。商売人が多いのでそのイメージが定着しているようだ。
私に言わせると、ケチというより始末をする人が多かったのだろう。昔の豪商などは普段は質素な生活をして、いざという時にドンとお金を出したという。
ところで、うちの隣家の話を書きたいと思う。隣は古い平屋の家で人は住んでいない。しかし、昼間は持ち主の初老の兄弟が仕事に使っていて、毎日やってきて作業をしている。段ボールや企業のシュレッダーにかけたゴミをまとめる仕事のようだ。
5年ほど前のある夜のことだった「ドッスーン!ザザザザー」という爆音と、何かが滑り落ちるような音がした。
暗かったが私はすぐに隣の屋根が抜けたのだと思った。何故ならその何ヶ月も前から瓦の隙間から小さな穴が見えていたからだ。主人と「これっていつか屋根抜けるよなぁ」と日頃から言ってものだ。
「ついに落ちたか!」まるでベルサイユのばらのバスティーユ陥落みたいな台詞を吐きながら私たちは覗き込んだ。たしかに隣の家の屋根だった。まるで爆弾でも落ちたみたいに屋根の真ん中に丸い穴が開いていた。
「すっげー明日からどうするんやろう?」「そら取り壊すんちゃう?」なんて」言ってきたのだが、なんと次の日も、その次の日も、今に至るまで、隣のおっちゃん等は平気な顔をして仕事をしているのである。
もちろん次の日に「大丈夫ですか?」と聞いた。すると「ああ、はいはい」と返事をしてはいたが、そのままずーっと放置したままなのだ。今日改めてこれを書くにあたり、上から覗いてみたが5年間で屋根の半分以上が落ちている。
枯葉や桜の花びらが舞い込み、適当に腐食して良い感じで苔が茂り始めているようだ。だが、ちょっと残った屋根の下にテレビがあり、どうやら見ているようだ。おお、冷蔵庫もある、あれも使っているようである。
最近では彼らが挨拶の時に「寒いでんなぁ」などと気候の話をすると「そら寒いやろなぁ。外に居るねんから」と内心思ってしまう。
実家の母に言わせると「あの人らお金持ちやねんでぇ。始末して家も直せへんけど、ほんまは別のとこに大きい家建てて住んでるねん。感心やわぁ」と。ええええ!あの人らお金持ちなんや。と私はものすごく驚きながらも納得してしまった。「あれが伝説に聞く大阪の始末屋かぁ」と。
まぁ最近は、そんなことより彼らの崩れかかった家が、いつか倒れてくるんじゃないかと物理的検証をする毎日だが。