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大阪ん♪ラプソディー

20世紀オバサン
 パソコンが壊れた。三年使っていたノートパソコンである。「まだ三年しか使っていないのに?」と思うのか、「そろそろやったな」と観念するのか悩ましいところだ。これが五年なら「しゃーないか」と思うのだが…
 パソコンは精密機械だ。分かっている、そんなことは十分わかっている…のだがどうも20世紀オバサンの私には「家電製品は壊れない」という幻想がある。そうそう、最近「昭和の人間」という表現を「20世紀オバサン」と言い換えている。その方が重みと面白みが増す気がしているからだ。みなさんも流行らせてくださいね。
 そう、我々20世紀に生まれ育った人間には電化製品は永遠に使えるというイメージがある。それこそ電機メーカーの涙ぐましい努力で日本の家電は丈夫で長持ちするのが当たり前だったからだ。今思えば、長く持ちすぎて当の電機メーカーは儲からないという悪循環に陥ったくらいなのだから、日本人の真摯な販売形態には脱帽するほかない。
 しかし携帯電話の普及と共に、新しいものにするのが当たり前の時代がやってきた。「え?その携帯10年使ってるん?もうアカンやろ」と最初の頃は言っていたが、10年が5年になり3、2年と短くなってきた。
 私も全然困ってないのに5年以上使っていたアイフォンを最新のに機種変更したばかりだ。なぜか?「サポート期限が切れます」というお知らせが来たからだ。それがどうした?と、うちの夫は8年くらい同じ機種を使っているが、壊れもしないし、困らないようだ。
 それでも私は機種変更した。なぜならば携帯電話は今や仕事の生命線だからだ。パソコンではなく携帯電話でほとんどの更新が済んでしまう。いまでは私の秘書みたいな存在だからだ。もしも何かあったら?と思うからこそサポート期間が終わりますと言われると、それに従うしかない。
 しかし機種変更したものの、データを映しただけで、電話の大きさも、アプリの位置さえ変わらないのには戸惑った。使い勝手も全く同じで新しくなった実感なんてどこにもない、ただドコモショップで半日時間を取られ、本体のお金を2年かけて支払っていくだけである。
 そんな時「くそぉ!資本主義め!」とつい言ってしまう。そこに乗っかって享受しているのは分かっていても、まだ使える携帯をわざわざ替えなくてはならないシステムに苛立ちを覚える。そして「ああ、20世紀オバサンだからだ」とまたため息をつく。  物を大切に、長く大事に使うという考えは20世紀に置いてこなければならなかったのか、いやそんなことはない!現に地球温暖化とか言って、エコが見直されているではないか。
 去年、50年ぶりに大阪で万博があった。テレビで「50年前の万博で理想的な未来のマシンと発表されたけど、浸透しなかったものはなんでしょうか?」
というクイズをやっていた。確かにインターネットや、精密機械の小型化、あの「未来ではお風呂に入れば勝手に体を洗ってくれる」と言って発表された人間洗濯機も、当時は「そんなアホな」と笑っていたが、今では介護の現場のエースとして活躍している。人類は確かに進歩したのだろう。
 クイズの答えは「自動調理器」だった。食事を勝手に作ってくれるマシンだけは未だに進化していないという。そういう部分があると20世紀オバサンはホッとするが、レトルトや高速冷凍の進化で、それも風前の灯火か…。ということで、最近「20世紀の方が絶対良かった!」というものを見つける旅にでも行くかなと考えている。