
- 社会的を身につけろ!
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うちの劇団に18歳の女の子Sちゃんが研究生として入って来た。研究生というのは劇団の公演に小さい役で出ながら仕事を覚える1年目の人のことだ。要するに新人研修期間である。
新人の仕事はまずは使い走りとケイタリングから始まる。ケイタリングは稽古場でお茶を用意したり、差し入れのお菓子を並べたりするところから始まる。稽古場で飲み会のある場合は冷蔵庫にビールを冷やしておくとか、それに付随してコップの用意、そしてゴミの処理だ。
稽古場ではこの程度で済むが劇場で公演する場合は、その上にお弁当の用意、そのゴミの処理、頂き物の整理、差し入れの熨斗の張り出しと管理、その方へのお礼状の送付などなどだ。
もちろん初めて来た新人に全てを任せることはないが、この仕事で何が出来るか、機転は効くか、社会性があるかという見極めができる。
みんな新人の時はろくでもない失敗をするものだ。プレゼントのチョコレートの箱を縦にして冷蔵庫に入れた子もいた。「誰?チョコの箱を縦にしたん?」と叱られても「私ですが?」とキョトンとしていた。
頂き物のチョコは大阪弁で言う「ええもん」に決まっている。ひとつずつが並んでる平たい箱に入っている物だ。薄いから冷蔵庫の隙間に入れたのだろう。が!それではチョコが中で無茶苦茶になる。箱を開けたら並べ直さないといけない、という仕事が増える。何よりガサツだ。
ある劇団員は叱られるとすぐに泣いた。「人前でメソメソするのは止めて、泣きたかったらトイレで泣け」と先輩に言われた。そんな子が2人居たのだが、打ち上げで2人とも大失敗をしてしまい、言われた通りトイレに駆け込んで泣いていた。しかし出てこない。打ち上げをした店にはトイレが二つしかなく、全員が困るハメになった。
彼女たちも今では立派な大人である。1人はNHKの制作なり、ひとりはうちの主演女優になった。黒歴史は誰もが通る道なのだ。
書き出したらキリがないので今回の新人Sちゃんの話に戻ろう。趣味は読書、経歴は美術系の学校出身という女の子だ。「東野圭吾さんの小説が大好きです!」と言うので文系には違いない。
先日の公演で「座長、お花が届いてます」と報告に来たので「誰から?誰に?」と尋ねると「座長に緑〜なんとかさんからです」「緑なんとかささん?」「緑って字が書いてありました」
私の頭の中で「緑」と言う文字を検索して「それはキムラ緑子さんじゃないの?」と聞き直すと「あ〜そうかもしれません」と答えた。
「かもしれませんじゃ分からん、もう一回見て報告しろ」と言うと受付に走って行き「はい、そうでした。どうしましょう?」と言い放った。
「どうしましょうって、廊下の頂き物を飾るスペースに置いといたらええやん」と答えたのだが「それが、大きい花なんです」とまた言った。
「大きい花?」「すごく大きいんです」私は初日でバタバタしていたので「後で見に行くから、とりあえず廊下に置いといて」と言って、Sちゃんに任せた。
すると数分後、今度は受付を仕切ってる制作さんがやって来て「座長、どうしましょうスタンド花来てますけど」と言うではないか。今回の公演をする劇場はとても狭いので、スタンド花を置くスペースなど全くない。
Sちゃんを呼んで「スタンド花やったら話が全然違う、最初からそう言え!」と叱ったが、彼女はスタンド花という言葉を知らなかったようだ。今の若い子は言葉化がどうも苦手なのかもしてない。語彙が少ないのは確かだ。
小説ばっかり読まないでエッセイとか、インタヴューの記事とか呼んで社会性身につけて〜と先輩が叫んでいたが。
その後もSちゃんはやりかけの仕事を放置して、別のことをしたり、先輩の着替えを手伝っていて舞台に出るのが遅れたり、お菓子の整理をさせると、小さな箱に思い切り詰め込んだり、色んな事をやらかしては叱られている。
毎日叱られてるので大丈夫かな?と思ったらお弁当をパクパク食べて笑ってるので神経質ではなさそうだ。しかも食べるのが大好きで甘いものは底なしに食べられるとか。なかなかのフードファイターだった。
どんなふうに育っていくのか分からないが、一足飛びに成長する人なんて居ない。ゲームと同じように経験値は敵(この場合は社会ですかね)と闘って負けつつ身につけていくものだ。「Sちゃんfighting!」と心の中で応援しながら毎日叱っている。