
- 将来の夢
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子供の頃に最初になりたかったのは「忍者」だった。3歳くらいの時である。なんせ私の子供の頃は忍者漫画が大流行中で、テレビでも実写版の忍者ドラマが放送されていたからだ。当時、母に「忍者になりたい」と告白すると「忍者にさせてあげる」と答えて、大阪城の修道館という道場へ連れて行ってくれた。
そこからずっと竹刀を担いで稽古に通う少女時代を過ごしていたのだが、5歳くらいまでは「いつになったら背中から刀を抜く稽古が出来るんやろう」と本気で思っていた。アホやった…
小学生の時は父の職業が客船の船乗りだったせいもあり「船乗り」になりたかった。しかし当時は女性に門徒は開かれていなかったので、とっとと諦めた。その後高学年になると、オリンピック選手を目指してスイミングスクールに通っていたのだが、その頃から私の思考は世間とずれ始めた。「選手よりコーチになりたい」と思い始めたのだ。
というのも小柄だったのでこのまま続けていても選手として成績が上がるわけがないと自分に見切りをつけていたのだった。それよりは選手のタイムを計ったり、体調管理をする方がはるかに面白そうだと感じていた。スタッフ気質だという自覚が芽生えてきたのだろう。自分のコーチにそれを告白すると「そう思うねんやったら、まずは選手として成績を残さんと、コーチにはなられへん」と言われて「成績のいい選手だけが、ええコーチになれるとは限りませんよ」と言い返した。「名選手、必ずしも名将にあらず」という言葉も知らなかったが、肌感覚でそう思っていた。もちろんそんなことを言う10歳の子供の意見は誰も聞いてはくれなかった。
中学に入ると体育会系だった私に文化革命が起きて、漫画家を目指すようになった。歴史、地理、政治経済、国語などの授業は全て漫画のストーリーのネタ探しと思うようになった。映画を観たり、詩を覚えて諳んじたりして、友達からは「変わり者」という目で見られた。そりゃそうだろうアイドルにも、ブランドにも可愛いものにもまったく興味のない女子学生だったのだから。
ある日、先輩から「お芝居するねんけど、書き割りの絵を描くの手伝って」と頼まれて興味本位で行ったのが高校2年生の時だった。それがきっかけで芝居を始めることとなった。それから半世紀近く経ち、今の私は「劇作家・演出家」と呼ばれている。「〇〇になりたい」と思った夢が叶ったことがないまま人生を過ごしてきたので、死ぬまでに何になってるのか今も楽しみだ。
なんでこんなことを書いてるのかというと、2025年の小学生に聞いた「将来なりたい職業」の上位が「会社員」という結果を見て驚いたからだ。男の子は2位、女の子は1位だった。ちょっと前までユーチューバーになりたいという子供が多いと騒いでいたのに。会社に行って働いて給料をもらって、そのお金で好きなことをするという超現実的な思考の子供が多くなったという事なのだろう。好きなことで身を立てるより、趣味の範囲で楽しむ道を取ろうという子供たち。それでいいのか日本は?とちょっと心配になってしまった。まぁ忍者になりたい子供が増えても心配になるが。