大阪ん♪ラプソディー【第116回】

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「渡り切る!」


 オミクロン株の大流行により、世の中がまたもや大変な事態になっている。去年の秋に「少しマシになってきたね」という時期があった。陽性者の発表もついに一桁台に下がり、居酒屋なども規制が緩んでいた。
 ところがお正月過ぎくらいから、また怪しい雰囲気になってきて陽性者の数も鰻登りに転じた。2月に公演を控えていたので「わぁ、どうしよう」とハラハラしていた。しかも今回の公演は2020年の4月に最初に中止になった芝居のリベンジ公演だった。どうしてもやりたい! という気持ちが全員にあったのだ。
 そんなことで、もちろんするべき注意はしていたのが今回は様子が違った。まず東京から来る予定の女優が「ごめんなさい、発熱して陽性者になってしまいました」と連絡してきた。本番20日前だった。彼女自体は拘束期間が終われば稽古に来れることになったが、とても時間が足りない。結局、代役を探すことになった。
 「40代から50代、着物が似合って、和事の所作が出来てはんなりした大阪弁が喋れる女優」を頭の中で検索したが小劇場にはそんな人なかなか居ない。よっぽど悩んでいたのだろうか、自覚はないが夕飯の時につい口走ったらしい。すると家人が「Aちゃんは?」とポロリと言い放った。
 Aちゃん。長年の知り合いで、うちにもよく客演してくれている女優さんだ。再婚して東京に行ってしまったので、最近はあんまり誘ってなかったのだが「見つけた!」という思いで電話したら即「出来ます! 行きます!」と応えてくれた。助かった…
 それから全員でPCR検査をして稽古に入った。最初の週は順調だった。しかし… 今度は3日ほど稽古を休んで別の仕事に言っていた主役の一人が、発熱した。そして陽性者に! マスク越しで稽古していたので濃厚接種者にはならなかったが、念のために相手役の数人は検査に行かせた。
 その時、私の頭の中に映像が浮かんだ。よく冒険映画などを見ていると、車で橋を渡っている時に、パラパラとそれが崩れて行く場面だ。荷物や仲間が落ちて行く中を必死に走り、ついに渡り切るというあれである。「主役は助かるんやなぁ」とぼんやり思ったものだった。
結局本番3日前に12人のキャスト中5人が代役という事態になった。俳優たちは1日で台詞を覚えて稽古に臨んでくれた。2年前に中止になった無念の思いが皆に浸透していたのだろうか、誰も諦めなかった。あと一人何かあったら上演は出来ないというところまで来ていたが、なんとか先に東京公演を走り切ることが出来た。
 そして大阪に戻って来ると、隔離期間の終わった主役が待っていた。そう、これも映画でよくある死んだと思っていた主役が生きていて、危機一髪の時に出現するシーンと同じだった。
 そんなことで、1日だけの稽古で、それぞれが本役にもどって大阪公演を迎えた。毎日が綱渡りのような事態だったが最後まで渡り切ることが出来たのは本当に奇跡だった。
 「歴史的に見てもパンデミックは3年で収まる」なんて誰かが言っていたが、もう騙されないぞという思いである。演劇界は本当にコロナで満身創痍だ。しかし今回の事で自分たちの強みも確認できた。単純に、好きな仕事は諦めないでやるという思いを皆が持っている事である。  

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