ホームへ戻る > エッセイ&コラム > 大阪ん♪ラプソディー > 大阪ん♪ラプソディー【第128回】
山村若静紀(わかしずき)と言う日本舞踊家の友達がいる。実に美人で、踊りの才能にも恵まれた人だ。お弟子さん達も師匠が美しいのでいつも嬉しそうだ。着物の着付けの本や古典芸能の魅力を伝える本も出版している才女である。
彼女の弱点その1は方向音痴である事、三日に一回は自分がどこにいるのか分からなくなるらしい。電車の方向を間違えたり、忘れ物や待ち合わせの時間を間違えたりする事もしばしばだ。美人だが抜け作なんである。
舞踊家としての活躍は大阪、東京を中心に年々広がっている。どちらにも家があり、お弟子さんも増える一方だ。今の舞踊界では珍しいことでもあるので、友達として応援している。
そして弱点2は料理が出来ないことだ。しないのではない出来ないと言い切った方がいいと思う。以前、東京で夜中にお腹が空いてラーメンを作ろうとした時に「あれ?お湯ってどうやって沸かすんやったかな?」と分からなくなり、袋麺をそのままおつまみのようにポリパリかじったそうだ。完璧な料理知らずである。なんでもお母さんも一切料理をしなかったとかで家系なのだろうか。
そんな彼女の強力な味方は旦那さんだ。結婚した時に「結婚に集中したいから会社を辞める」と言い放ち、それまで勤めていた会社を退社らしい。しかも鍼灸師の資格を取ってフリーの仕事を始め、稼ぎもキチンと確保している。
元々好きな事も手伝って家事いっさいは旦那さんがやる。料理も得意でいつも作ってくれるという献身ぶり。それどころか舞踊会の受付から、荷物運びまで裏方として大活躍してくれて、働く女性にとって最強の味方なのだ!
なんという幸せな女、若静紀! と私はずっと思っていた… のだが。
先日、彼女に会った時の事だった。「聞いてください、うちの旦那さんが怪談師になったんです」と言うではないか。「カイダンシ?」にわかには漢字が浮かばずキョトンとなった。
聞けば、旦那さんはめちゃくちゃ怪談が好きで、色々聞き溜めていたらしい。コロナ禍でやることがなくなった時期にオンラインで、それを話す機会があり発表したら、コアなファンが徐々に付きはじめ、今では小さな会場を借りて怪談の語り部、つまり「怪談師」をやっていると言う。
そのせいで家の用事が出来ないことが増えてきたらしく、方向音痴で料理の出来ない彼女は生命の危機に晒されているようである。来月はついに旦那さんの怪談の会の受付を手伝うらしい。完全に立場が逆転している。
おまけに鍼灸師も止めてしまったようで、怪談師だけでは食べていけないから完全にヒモ状態だ。
2人の生活の変貌ぶりに驚きながら今後を見守っている最中だが、人生には色んな事が起きるものだと改めて感心している。自分の旦那が突然想像もしてなかったものになったら? 私ならどうするのだろう…。