ホームへ戻る > エッセイ&コラム > 大阪ん♪ラプソディー > 大阪ん♪ラプソディー【第64回】
自分の仕事の話を少し。
演出家というと、なんかカッコいいと思われているが、要するに現場監督である。芝居が出来上がるまでの責任者である。
チケットを売りたい制作、自分をよく見せたい俳優たち、何もわからない若手たち、照明、音響、舞台美術、衣裳、小道具、あらゆる人たちが「すみません、ちょっといいですか?」と相談に来る。
演出家に決定権があるから仕方ないが、何も考えずに聞きに来る人も多く、それくらい自己判断して、プランとしてもってこいという場合がよくある。
通常、稽古は芝居の大小に関わらず約ひと月、時間のない現場は二週間くらいだ。
一対全員という構図なので、それこそ稽古場に入れば、休憩時間も何もない。シモの話だが、トイレに行く時間もないのでオムツをしている演出家だって居るらしい。
これがプロの現場ならまだ秩序は保たれるが、市民劇団などに行くと「先生、トイレどこですか?」なんて聞かれることもある。「演出家は神様じゃないから、なんでも知っていると思ったら大間違いなんだよ」と優しく答えるが、心の中では「何聞きに来とるんじゃー!」とツッコミまくっている。
この間、東京の明治座の11月公演の演出をしていた。主演は黒木瞳さんで、幕末の寺田屋騒動の話を中心に、お登勢という女将の一代記を描いたものだった。
キャストの中にKさんという小劇場では有名な女優さんが出ていた。百戦錬磨のベテランである。
一緒に仕事をするのは初めてだったが、何回か飲んで気の置けない仲ではあった。
その彼女が、私が携帯で原稿をチェックしていると「わかぎさん、今いい?」と言う。手を止めて要件を聞くと「実は帯状疱疹になってね。それが悪いことに股のとこなのよ」
「へぇ、痛いの?」「うん、まぁまぁ痛いの。それはいいんだけど、これって水疱瘡やってない人にうつる可能性あるみたいなのよ」
そこまで聞いている時は、稽古に支障があるかもしれないから申し訳ないとか、できない動きがあるという話かと思って真剣に聞いていた。
しかしKさんはそのあと「だからトイレを使うときに消毒するようにしているんだけど、どうしたらいいと思う?」と言い放った。
演出家に何聞いているの?ベテランやろ、制作さんに言いに行けや! 私はあんたのツレか?!
気持ちはそんな言葉で一杯だったが、相手は病人である。ひどいことも言えないまま、相談に応え、アドバイスをして話は終わった。
私の仕事は演出家である。友達ではない。はずなのだが・・・よく勘違いされるようだ。