大阪ん♪ラプソディー【第80回】

大阪ん♪ラプソディー

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「我が人生の師」


 昔、三味線を習っていたことがある。お師匠はんは93歳のおばあちゃんだった。なんでも大阪の北新地で芸者をやっていたとかで、確かにお年のわりに色っぽい人だった。
 ある夏の昼下がりに稽古に行った時「嫌ぁ、もう来たん? お風呂入ったとこやから、こんなアッパッパーしか着てへんねん。恥ずかしいわぁ」と、顔を赤くした時、この人、まだまだ色っぽいなぁと感心させられたものだった。女は幾つになっても艶っぽさを失ったらいかん! と勉強したものだ。
 そんなお師匠はんは、「私は腕に芸があったから、小便芸者とちゃうで」と言うのが自慢だった。
 小便芸者というのは花柳界の言葉で芸のない芸者という意味だ。自分が踊りを披露する番になったら、踊りが下手なのがバレると困るので便所に行ってごまかす、というところからそう言われるとか。なかなかパンチの効いた言葉である。
 ま、90代になっても三味線も踊りも教えていたのだから芸が立つ人だったことに間違いはないが…。
 で、お師匠はんはその続きに必ず「そやから旦那に媚びたことも、寝たこともいっぺんもない。腕一つで稼いできたんや」と自慢した。そこにプライドがあったのだろう。
 ある日「あんた、芝居やってるねんやったら遊び歌くらい知っといた方がええで」と突然言い出し、いきなり「ちょんこ節」という、昭和初期くらいまでお座敷で歌われていたという風刺歌を三味線を弾きながら歌いだした。
 で、その内容が…「♪ちんぽ、ちんぽと威張るなぁちんぽ。ちんぽおそその爪楊枝。ちょんこ♪ちょんこ」という歌だった。いやこれだけじゃない。その後からも、お師匠はんは下ネタを歌いまくった。
 「♪おそその中には野球場がござる。ピッチャ、キャッチャ、クッチャ音がする♪ちょんこ♪ちょんこ」などなどである。
 90歳を超えても身ぎれいで…艶っぽく…腕に芸があるのが自慢で…私はそんな日ごろの姿を思いながら、ギャップに呆れつつ、ちょんこ節を聞いていた。
 「何が旦那に媚びたことないやぁ! 十分喜ばしてるぅ」と心の中でツッコミ入れつつ、彼女の存在の面白さにワクワクした。
 なんでも、お師匠はんは60歳の時に芸を極めようと思って旦那を追い出して、弟子を跡取りにするために養子にしたそうだ。なんかもうぶっ飛んでいた。
 人間は綺麗で汚くて、単純で複雑で一筋縄でいかないところがいい。いいのだ! そう思わせてくれた人だった。私も今年で還暦、お師匠はんみたいになれたらいいなぁと思う今日この頃である。  

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