大阪ん♪ラプソディー【第98回】

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「看板」


 友達の女優から「今度、明治座の芝居に出るので、友達が組んで暖簾を作ってくれることになって、京都の染物屋さんのサイトを見ていたら、わかぎゑふさんのも見本に出てました。めっちゃ可愛いんですけど、あれはどうやって作ったんですか?」という連絡が来た。
 彼女が聞いて聞いたのは、楽屋暖簾というやつである。我々、俳優が劇場の楽屋の前に掛けておく名前入りの暖簾のことだ。私のも同級生が組んでお金を出してくれて、デザインは自分で注文した。元グラフィックデザイナーとしては、なかなか楽しい作業だった。
 楽屋に掛ける暖簾が要るという事は、当然だが個室を貰うということである。いわゆる大部屋という端役の人たちが出入りする楽屋には個人の名前入りの暖簾なんて掛けられない。劇場には個人部屋、2人〜3人部屋、そして大部屋がある。
 個人部屋を貰う場合はいいのだが、この2〜3人部屋というのがやっかいだ。どっちの出演者の暖簾を掛けるのか? という問題が発生するからである。古典の人たちみたいに上下関係がはっきり決まっていたら、上の人の暖簾を掛ければいいのだが…。
 上下関係があっても、役の大きさなんかで立場が微妙な場合は「どうする?どっちかが先に来て、掛けてしまうかで決まるんかな?」「いや、当然、目上に聞きに行くべきやろ」なんて周りが見ていてドキドキする展開になる場合がある。特に女優さん同士の場合はドキドキではなく、ハラハラに変わる場合が多いが。
 もっと言うなら大部屋から、役付きになって、3人部屋に昇格する時期の俳優さんは「そろそろ自分の暖簾作った方がええんかなぁ。どうしようかなぁ」という葛藤もある。せっかく作ったのに部屋が割り当てられない場合もあるし、いきなりいい役に抜擢されてオーダーが間に合わなかったりもする。たかが暖簾、されど暖簾である。俳優にとっては自分の名前が入った看板だ。一人前になった証みたいなものなので、みんな作るのに気合が入るというわけだ。
 模様も歌舞伎や落語家のように家紋があって、名前が入っていれば格好がつくという古典の人たちと違って、自分の好きなアニメの絵を入れたり、凝り過ぎて大漁旗みたいになり、どこを見たらいいのか分からないようなものもある。特に初めて作る暖簾はあれもこれも盛り込みすぎて収拾がつかなくなるのだろう。
 ちなみに友人の暖簾は「自分の紋」を作るところから始まった。彼女は在日韓国人で、帰化したのも最近なので家の紋というものがハッキリない。そこで自分の好きな花の紋をデザインして作ったのだ。それから色や配置を選ぶのを手伝った。
 暖簾は右上に自分の名前、そして左下に送った人の名前が入るのが定石。送り主が一人という暖簾はあまり見たことがないが、会社名や、団体名、〇〇校同級生一同などが多い。また名前を出さずに「贔屓より」と入っているものもある。私のも「ひいきより」と仮名で入れてもらった。これらの暖簾は通常、正絹である。三連仕立てで幅120cm、長さ150cmくらいがノーマルだ。紋や図案を入れ込んで名前を染め抜いてもらって、早くてもひと月はかかる。
 さて、そこまでして作る俳優の看板はお幾らくらいだと思われるだろうか?ズバリ7万〜10万くらいが相場です。いかがですか? あなたも贔屓の俳優さんに一枚。  

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