ホームへ戻る > エッセイ&コラム > オリンピックロード…リオへ向けて > 【第10回】
「痛い!!」
作業を終え、椅子から立ちあがる瞬間、左膝に強烈な痛みを感じた。
身に覚えはないが、手で圧迫すると強烈な痛みを感じる。
左右の膝を比較すると、左膝だけが腫れている。
翌日、病院で診察を受けることにした。
レントゲンの結果、骨に異常はなく、痛みの原因は「炎症」と診断された。
普段、競技中に左膝を着いて、片膝に負荷がかかっていることが原因だった。
湿布などを使用して、安静にするように指示を受けた。
しかし、2週間ほど経っても痛みが治まることはなく、むしろ悪化していた。
通常、「炎症」であれば、2週間も様子をみれば痛みは治まるはずだ。
不思議に思い、他の病院を訪ねた。
この病院の院長先生はスポーツドクターとして有名で、予約をしても一時間ほど待たなければ診察にたどり着けないくらい人気があった。
二つ目の病院では「MRIを撮らないと中で何が起こっているかわからないから、まずは、MRIを撮ってください」と指示を受けた。
MRIの結果から、炎症の原因が判明し、治療が始まった。
最初に痛みを感じた時から、原因が判明するまで三週間も時間がかかった。
気持ちは前に進んでいるが、体が進まない状態で一ヶ月が経過した。
今まで怪我をした経験が少ないので、私にとってこの一ヶ月は苦痛で仕方がなかった。
病院の待ち時間に、ふとテレビを見ると、柔道の野村忠宏選手の引退記者会見が放送されていた。
野村選手はアトランタ、シドニー、アテネ三大会連続で金メダルを獲得してこの日、40歳で引退を迎えた。
会見で野村選手が語った一言がとても印象的だった。
野村選手「20代後半から引退を考えていた。自分が引退を迎えるとき、心の限界が先に来るのか?体の限界が来るのか?それらが同時に来るのか。しかし、自分には心の限界はなかった。ただ体の限界が来たから今日、引退を発表した」
野村選手が怪我とともに歩んだ十年間と比較をすれば、私が過ごした一ヶ月なんて怪我と呼べない。
今回、怪我をして落ち込んでいたが、『怪我と向き合うこと』も含めて競技だと感じた。
すべてを乗り越えることができなければ、栄光は手に入らないことを野村選手の言葉から気がついた。
体の限界と心の限界を迎えるまで、競技者として全力で走り続けたい。